V2Xを実現する技術として世界的に標準化が進められている通信規格に「C-V2X」と「DSRC」があります。どちらも、無線通信を使って自動車とリアルタイムで相互に通信を行うという点では同じですが、性能や特性には大きな違いが見られます。本記事では、「C-V2XとDSRCの違い」と今後の展望を、「世界各国のV2Xの導入状況」とともに詳しく解説していきます。
V2X(Vehicle to Everything)は、「自動車」と「あらゆるモノ」を繋げる無線通信技術の総称です。V2Xが実現することで、交通安全・交通利便性・自動運転・輸送管理・少子高齢化・エネルギー問題などの様々な分野の課題解決が期待されています。
2022年現在、車と接続する「モノ」として想定されているのは以下の4つです。
V2Xを実現する技術として標準化が進められている通信規格が2つあります。それが「DSRC」と「C-V2X」です。
DSRC(Dedicated Short Range Communication)は高度道路交通システム(ITS)で利用されている通信規格で、例えば道路脇に設置された通信機と車載機が双方向無線通信を行い、交通情報の提供などを可能とします。数m~数十m程度の狭い距離で通信を行うため「狭路通信」とも呼ばれます。
DSRCの身近な活用例としては、高速道路の出入口に設置されているETCを利用した自動決済などがあり、その他にも交通管理、駐車場管理、物流管理、ガソリンスタンド代金支払い等の様々な分野での活用が期待されています。
C-V2X(Cellular V2X:セルラーV2X)は携帯電話用の無線通信回線(セルラー)を使ってV2X通信を行うための通信規格です。平たく言えば、4G/LTEや5Gの回線を利用することで車と他のデバイスやネットワークを繋ぐ技術のことを言います。
従来のV2Xは、数m~数百mの範囲において車と車(V2V)、車と歩行者(V2P)、車と信号機などのインフラ(V2I)を繋ぐDSRC(狭域通信)が主流でしたが、最近になってセルラーネットワークを使用して大容量データを広域に配信する(V2N)が注目され、更にそのセルラーを活用した通信を狭域通信にも活用しようとする動きもあります。
C-V2Xの最大の強みは、1つの技術で短距離から長距離を広くカバーできる点です。
2018年、C-V2Xの旗振り役でもある5GAAは、自動車の様々なシチュエーションを想定して「DSRCとC-V2Xが90%以上の信頼性で車車間通信(V2V)できる距離を比較する」という実験を行いました。
その結果、ほとんどのシチュエーションにおいてC-V2XはDSRCの2倍以上の距離で車車間通信(V2V)が可能であることが分かっています。
同レポートでは「通信距離だけでなく信頼性の高さや遅延の小ささなどのさまざまな主要分野で、C-V2XがDSRCを大幅に上回っている。」と結論づけています。
>>レポートを確認する:5GAA Report shows superior performance of Cellular V2X vs DSRC
前提としてDSRCとC-V2Xが共存する未来は「無い」と考えてよいでしょう。DSRC無線はC-V2X無線と通信することが出来ませんし逆もしかりです。また、1台の車に複数の技術を搭載すると複雑さを増し、それはそのまま開発コストの増大につながるからです。
こうなると、DSRCとC-V2Xのどちらを採用するか?が問題となります。この点は世界各国・メーカーによっても意見が分かれますが、全体的には「C-V2X」を採用する流れが大きいといえます。主な理由は、C-V2Xに既述の通りの「技術的な優位性」があるからです。
しかしながら、例えば自動車メーカー大手のFordは2022年以降の全ての新車にC-V2Xを搭載することを発表している一方で、同じく大手のVolkswagenやTOYOTAはDSRCの支持を表明しているなど、メーカー・サプライヤー・各国政府の対応は2極化する傾向にあります。以上のことから、C-V2XとDSRCを取り巻く不透明な情勢は今後もしばらく続くとみられ、各自動車メーカーの戦略策定に注目が集まっています。
C-V2Xの旗振り役ともいえるのが、先ほど紹介した5G Automotive Association(5GAA)です。5GAAはドイツの大手自動車メーカー3社(Audi、BMW、Mercedes benz)と、半導体企業5社(Ericsson、Intel、Huawei、NOKIA、Qualcomm)によって2016年9月に設立されて以降、4G/LTEを基盤としたC-V2Xの標準化や実証実験を進めています。
C-V2Xに賛同する多くの企業は5GAAに加盟・協力しているため、5GAAへの参加の有無でC-V2XやDSRCに対するその企業の姿勢をある程度読み取ることができます。また、政府の対応としては、現在多くの国でDSRC専用帯として利用されている5.9GHz帯に関するC-V2Xの割り当ての議論がどれほど進んでいるかが注目ポイントとなりそうです。
C-V2Xに賛同する姿勢を見せている自動車メーカーは「日産自動車」と「ホンダ」です。
日産自動車は2018年1月、Ericsson、NTTドコモ、Qualcommなどと協力して日本初となるC-V2Xの実証実験を行い、周波数5.8GHz帯を使用した車車間(V2V)、路車間(V2I)、歩車間(V2P)のC-V2Xの有効性を確認できたと発表しました。
ホンダも同時期に5GAAに参加しているほか、通信系企業からはSoftbank、NTTドコモ、KDDI、サプライヤーからはデンソー、日立、パナソニック、住友電気工業なども5GAAに加盟して様々な実証実験に協力しています。
一方、長年DSRCを使ったV2Xの開発に取り組んできたトヨタ自動車は、一貫してDSRCを支持しています。2018年4月、同社は2021年に5.9Hz帯のDSRCによる車車間(V2V)、路車間(V2I)に対応した車を販売する旨を発表し、同時に「全ての自動車メーカーが米国でDSRCを採用するべき」と呼びかけました。
しかしながらこの計画は、翌年の2019年4月に「計画の棚上げ」が発表されることとなりました。原因は、業界全体のコミットメントやアメリカ政府のサポートが確約されないことにあったといわれています。
1999年、アメリカFCC(連邦通信委員会)はDSRC専用の帯域として5.850G~5.925GHzの75MHz幅を割り当てました。しかし、C-V2Xの台頭を含めた昨今の状況を考慮したFCCは2020年11月、DSRC専用として割り当てた電波帯を「Wi-Fi(など)」と「C-V2X」の用途に分割することを決定しました。
アメリカFCCの動向やトヨタの計画棚上げが追い風となったのか、この前後から、アメリカ国内の自動車メーカーや多くのサプライヤーは一気にC-V2Xの採用へと動きだしました。長いあいだDSRCを支持し、多額の投資を行っていた自動車大手のFordは「全ての車がセルラーにつながるのは時間の問題」と述べ5GAAに参加しています。
また、アメリカの広い国土を活用した実証実験も頻繁に行われており、バージニア州、カリフォルニア州、ジョージア州、ハワイ州などでC-V2Xの先行サービスが実施されている他、多くの道路事業者もC-V2Xサービス開始に向けた準備を進めているといいます。
中国はC-V2X先進国と言っても過言ではありません。世界に先駆けて5.9GHz帯をC-V2X専用帯として解放したことや、国内にスマートコネクテッドカー実証実験拠点を16箇所建設したり、無錫、天津、長沙に国家実証実験区の設立を決定するなど、IoV(Internet of Vehicles)産業を国家戦略レベルにまで引き上げ、国全体で開発を推し進めている様子が伺えます。
また、5GAAの設立企業でもあるHuaweiは、Audiを始めとする欧州の大手自動車メーカーと協力して積極的に実証実験を行っています。2021年時点では、中国は5G対応のC-V2X車を市販している唯一の国であり、アメリカのFordも中国で2種類のC-V2X車を販売しています。
ヨーロッパでは、Audi、BMW、Mercedes benzを始めとする大手自動車メーカーや、Ericsson、NOKIAなどの半導体メーカー、その他多くの通信系企業が協力してC-V2Xの開発を推し進めています。
欧州の大手自動車メーカーとHuaweiが進めているプロジェクトでは、5Gを利用した遠隔制御運転の試験が行われており、着々と実用化へ近づいています。C-V2Xを利用した自動車の遠隔制御が可能になれば、アクシデントで運転できなくなった運転手の代わりに、センターにいるオペレーターが5Gを使って運転を引き継ぐことが可能になるなど、活用の幅が広がる見込みです。
C-V2Xは、V2Xを実現するために必要不可欠な技術であることに間違いありません。しかしながら、トヨタ自動車ように一部の大手企業が「安全性」を理由にDSRCを支持していることや、各国の法整備・電波帯の割り当ての議論が進むスピードなどを考えると、日本あるいは世界中でC-V2Xが商用化されるには、もう少し時間がかかりそうです。
アウトクリプト株式会社は、2020年から5GAAに参加しており、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国などで行われるC-V2Xの商用化と標準化に取り組んでいます。詳しくは下記の記事をご確認ください。
アウトクリプト、コネクテッドカー技術の商用化に向けて 「5GAA」に参加