現代の自動車は高度な技術を搭載した「走るコンピューター」へと進化しており、この進化を支えるのが車載ソフトウェアです。エンジンやブレーキの制御から、自動運転技術やインフォテインメントシステムまで、車両の多くの機能はソフトウェアによって管理されています。こうした複雑なソフトウェアシステムの標準化を推進するために、AUTOSAR(Automotive Open System Architecture)は2003年に発足しました。AUTOSARの目的は、異なるメーカー間での互換性を確保し、開発効率を向上させることにあります。KPMGのレポート(2023年)によると、世界の自動車メーカーの80%以上がAUTOSARを採用しています。AUTOSARには、ClassicとAdaptiveの2種類があります。本記事では、AUTOSAR ClassicとAdaptiveの特徴と選び方について解説します。
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AUTOSAR Classicは、自動車業界で幅広く採用されている車載ソフトウェア開発の標準規格です。この規格は、ソフトウェアの再利用性、移植性、保守性を高めることを目的としており、自動車の電子制御ユニット(ECU)に搭載されるソフトウェアの開発を効率化します。
AUTOSAR Classicの特徴は以下の4つです。
アプリケーション層、ランタイム環境(RTE)、ベーシックソフトウェア(BSW)の3つの層で構成され、明確な役割分担とインターフェース定義によってソフトウェアのモジュール化を促進します。
ソフトウェアコンポーネント間の通信や、ハードウェアへのアクセスを標準化することで、異なるサプライヤーやプロジェクト間でのソフトウェアの再利用を容易にします。
仮想ファンクションバス(VFB)と呼ばれるメカニズムにより、ソフトウェアを特定のハードウェアに依存しない形で開発できます。
OS、通信スタック、メモリ管理、診断機能など、車載ソフトウェアに必要な基本的な機能を提供します。
AUTOSAR Classicの利用例は多岐にわたります。エンジン制御では、エンジンの動作を最適化することで燃費向上や排出ガス削減を実現しています。ブレーキ制御では、ABSやESPなどの安全機能を実装し、車両の安定性と安全性を確保しています。また、ボディ制御では、ドアやウィンドウの制御、照明の管理などを行い、車両の快適性を高めています。
AUTOSAR Adaptiveは、従来のAUTOSAR Classicとは異なり、高性能な車載コンピューティングシステムや自動運転システムなどの高度なアプリケーションに対応するために開発された新しい車載ソフトウェア開発の標準規格です。AUTOSAR Adaptiveは、自動車業界における次世代技術の中核を担い、未来のモビリティを支える重要な役割を果たしています。
AUTOSAR Adaptiveの主な特徴は以下の4つです。
サービス指向アーキテクチャ(SOA)を採用し、ソフトウェアコンポーネントをサービスとして定義・提供することで、柔軟性と拡張性の高いシステム構築を可能にします。
POSIX(Portable Operating System Interface)に準拠したOSを採用することで、汎用的なソフトウェア開発環境との親和性を高め、さまざまなアプリケーション開発を容易にします。
SOME/IP(Scalable service-Oriented Middleware over IP)やDDS(Data Distribution Service)などの高性能な通信ミドルウェアを採用し、大規模なデータ通信やリアルタイム性が要求されるアプリケーションに対応します。
機能安全規格ISO 26262やセキュリティ規格ISO 21434に対応するためのメカニズムを提供し、高度な安全要求やセキュリティ要求を満たすシステム開発を支援します。
AUTOSAR Adaptiveでは、高度な自動運転機能や先進的なインフォテインメントシステムに焦点を当てています。自動運転では、リアルタイムで大量のデータを処理し、車両の環境認識や経路計画を行うために利用されます。また、インフォテインメントシステムでは、高度なマルチメディア機能やインターネット接続、ユーザーインターフェースの柔軟なカスタマイズを実現します。OTA(Over-The-Air)アップデートをサポートしており、車両ソフトウェアのリモート更新が可能です。これにより、新しい機能やセキュリティパッチを迅速に配信することができます。
特徴 | AUTOSAR Classic | AUTOSAR Adaptive |
ソフトウェアアーキテクチャ | 静的、階層型(アプリケーション、RTE、BSW) | 動的、サービス指向アーキテクチャ(SOA) |
オペレーティングシステム | 静的なOSEK/VDX OS | POSIX準拠OS |
通信方式 | CAN、LIN | Ethernet、SOME/IP、DDS |
主な用途 | 機能的なECUソフトウェア(エンジン、トランスミッションなど) | 高性能コンピューティング、ADAS、自動運転 |
柔軟性 | 低い | 高い |
開発効率 | 確立されたシステムに適している | 既存ツールとの統合が容易 |
安全性・セキュリティ | サポートされているが、個別実装が必要 | 標準ベースのメカニズム(ISO 26262、ISO 21434) |
開発コスト | 明確に定義されたシステムでは潜在的に低い | 複雑さのため高くなる可能性がある |
レガシーシステムとの互換性 | 既存のECUに適している | 直接の互換性はない |
AUTOSAR Classicは、長年培ってきた実績と信頼性を持つ、いわば自動車の心臓部を制御するベテランエンジニアのような存在です。エンジン制御やブレーキ制御など、安全性と信頼性が最優先される領域で、その実力を発揮します。既に多くの自動車メーカーやサプライヤーが採用しており、豊富なノウハウとツールチェーンが整備されています。一方、AUTOSAR Adaptiveは、自動運転やコネクテッドカーといった、新しいモビリティ体験を実現するための若き才能です。
AUTOSAR ClassicとAdaptiveの選び方は、システムの特性と用途に応じて決まります。Classicはリアルタイム性が求められる静的システム、例えばエンジン制御やブレーキ制御などに適しています。マイクロコントローラ向けに設計されており、固定されたメモリ配置や通信プロトコルが特徴です。一方、Adaptiveは動的で高性能なシステムに向いています。自動運転やインフォテインメントシステムなど、複雑で変化の多い環境に適応します。マイクロプロセッサ向けであり、動的なメモリ管理や高度なセキュリティ機能を備えています。選び方のポイントは、リアルタイム性が必要なシステムにはClassicを、柔軟性や高性能が求められるシステムにはAdaptiveを選ぶことです。また、両者を組み合わせることも可能です。例えば、Classicで基幹システムを構築し、Adaptiveで高度な機能を実現するといったハイブリッドなアプローチも有効です。
自動運転技術の進化やコネクテッドカーの普及に伴い、AUTOSARの需要は今後も増加すると予測されています。戦略コンサルティングファームのMcKinseyによると、自動車ソフトウェア市場は2019年の約310億ドルから2030年には約800億ドルに成長すると予測されています。この成長は、ADAS(高度運転支援システム)や自動運転ソフトウェアが牽引し、2030年までにソフトウェア市場のほぼ半分を占める見込みです。成長の一因として、AUTOSARのような標準化されたソフトウェアアーキテクチャの重要性が増していることが挙げられます。標準化により、異なるメーカー間でのソフトウェアの互換性が確保され、開発効率が向上するため、自動車メーカーはAUTOSARを採用する傾向にあります。
また、インフォテインメント、セキュリティ、コネクテッドサービスなどの分野も成長を続けており、これらの分野で使用されるソフトウェアの複雑化と高機能化が進むことで、AUTOSARの需要が一層高まると考えられます。他にも、自動車センサー市場やDCU(Domain Control Unit)市場も大幅に成長する見込みであり、AUTOSARの採用を後押しするでしょう。
こうした予測は、自動車業界におけるAUTOSARの重要性と将来性を示しています。AUTOSARは、車両の高度化と多様化するニーズに対応するため、ClassicとAdaptiveの両方を改善し、より高度な機能や性能を提供していくでしょう。
AUTOSARの導入は、開発効率の向上、品質の確保、サプライチェーンの連携強化など、多くのメリットをもたらします。ClassicとAdaptiveの適切な使い分けにより、車両の安全性、信頼性、そして機能性を最大限に引き出すことが可能です。両者の特徴を理解し、プロジェクトの要件に最適なものを選びましょう。ぜひ、自社の戦略や開発目標に合わせて、最適なAUTOSARプラットフォームを選択し、未来のモビリティ社会を牽引してください。
参考URL
Autosarの情報:https://www.autosar.org/standards/classic-platform/https://www.autosar.org/standards/adaptive-platform