V2X(Vehicle-to-Everything)通信は、自動運転車が周囲の車両やインフラとリアルタイムでデータを交換するための基盤です。この通信において、車線レベルでの正確な位置情報が不可欠です。特に、交差点や複雑な交通環境でのスムーズな運転や衝突回避には、位置情報の精度が重要な役割を果たします。
V2X(Vehicle-to-Everything)技術を活用した様々なサービスの中でも、車両の位置を把握する「V2Xポジショニング」は特に重要な技術です。これは、車両の正確な位置を把握することが多くのサービスの前提条件であり、位置情報がなければ位置基盤サービスが成り立たないためです。
V2Xポジショニングは、基本的にGNSS(全地球測位システム)を基盤にしています。しかし、GNSSによる位置測定には限界があり、完全に正確な位置情報を提供することは難しく、必ず一定の誤差が発生します。そのため、現在のGNSS受信機は「信頼度58%の範囲で約1.5メートルの誤差」といった形で精度が表記されます。つまり、42%のケースでは誤差が1.5メートルを超える可能性があるということです。このような誤差は、正確さが求められるリアルタイムシステムでは大きな問題となります。さらに、この測定精度は固定された基準点での複数回の測定を前提とするため、GNSSの性能が影響を与えやすいです。しかし、走行中の車両にとっては、リアルタイムで変動する精度が不可欠であり、より高いレベルの正確さが必要です。したがって、現行のGNSS方式とは異なる、リアルタイムに対応した新しい位置情報システムが求められています。
米国自動車技術者協会(SAE:Society of Automotive Engineers)がまとめた「SAE J2945/7」文書には、「V2X精密ポジショニング」に関する内容が記載されています。V2Xの精密ポジショニングとは、車線レベルのポジショニングを意味します。車両のポジショニングの精度は、大きく「メートルレベルの精度」と「車線レベルの精度」に分類されます。V2X通信ではGNSS(全地球測位システム)が一般的に使用されていますが、GNSSは都市部での電波干渉や多重反射による誤差が数メートル単位で発生するという課題があります。また、DSRC(専用短距離通信)やC-V2X(セルラーV2X)技術を用いて車両間の情報交換を行っていますが、これだけでは車線レベルの高精度ポジショニングを実現するのは難しいです。
・メートルレベルの精度: GNSS(全地球測位システム)の精度に相当するもので、メートル単位での位置情報のことを指します。盗難車の追跡や回収など、高い精度を必要としない用途に適しています。盗難車の位置を大まかに特定できれば十分なため、車線レベルの精度までは不要
・車線レベルの精度: 道路上で車両がどの車線にいるかまで正確に特定できる精度を指します。前方の車両を認識し、GPS位置情報を用いて衝突回避の警告を送信するアプリケーションでは、車線単位の正確な位置情報が不可欠
このように、V2Xの車線レベルの精密ポジショニングは、より高度な安全運転支援システムや自動運転において、重要な役割を果たすと考えられます。
SAE J2945/7は、V2X通信のための高精度ポジショニングを標準化するための規格です。この標準の主な目的は、車線レベルの位置精度を確保し、車両間通信の安全性と効率を向上させることです。特に、車両の方向を表す「方位角(heading)」と「進行角(course)」の区別を明確にすることが求められ、これにより車両の進行方向が正確に伝えられます。
さらに、SAE J2945/7はリアルタイムで位置情報の品質を監視するガイドラインを提供しており、異常な位置情報が発生した場合に即時に検出・対応できる仕組みを推奨しています。この標準の適用により、より信頼性の高いポジショニングが可能となり、都市環境や高密度交通にも対応できるようになります。
SAE J2945/7では、精密なポジショニングを利用する多様なアプリケーションを定義しています。また、従来のGNSSとは異なる位置精度の新しい表記方法も提案しています。現在のSAE J2945やSAE J3224といった基準では、位置精度の具体的な測定値や表示基準が明確に示されていません。そのため、正確な実装を実現するためには標準の改良が必要です。SAE J2945/7は、新しい位置精度基準を提案し、詳細な数値は示さないものの、どのような指針が重要かについて方向性を提示しています。
車両の観点からは、リアルタイムでの正確な位置測定が難しいため、”精度”というより”信頼性”を重視した表記を提案しています。また、信頼性に基づいてポジショニングシステムの性能を以下の5段階に分類することも推奨しています。車両は100msごとに周囲の複数車両からメッセージを受信するため、この分類に基づいてメッセージをフィルタリングし、迅速に処理することが求められます。
SAE J2945/7は、現在のSAE V2X標準における課題も指摘します。例えば、SAE J2735では「車体が向いている方向 (Heading)」と「進行方向(Course angle)」を同一視していますが、これらは異なる値であり、混同すべきではないと指摘します。具体的には、SAE J2735の「DE_Heading」は本来の意味での車体が向いている方向 (Heading)を示さず、場合によっては 進行方向(Course angle)を示すなど、一貫性が欠如しています。これにより、標準間での統一が必要だと強調しています。
さらに、車両の基準点を「リヤアクスル(rear axle)」の中心に設定することを提案し、車両ベースの座標系は「重力ベクトル」と「道路ベクトル」の2つを同時に使用することが推奨しています。
SAE J2945/7は、GNSSがジャミング(Jamming)やスプーフィング(Spoofing)攻撃に脆弱であることを指摘し、これを補うためにUWB(超広帯域通信)、5G NR(ニューラジオ)、および**サイドリンク(Sidelink)**を活用することを提案しています。これにより、リアルタイムでの位置補正が可能となり、より信頼性の高いシステムが構築できます。
これからは、UWBや5Gといった新技術の活用と、位置情報システムの標準化の推進が一層重要になるでしょう。これにより、自動運転の安全性と効率性が大幅に向上し、自律走行社会の発展が期待されます。特に、V2Xを活用するさまざまなサービスの中で、最も重要なサービスは「V2Xポジショニング」になると見込まれます。この標準を深く理解することで、V2X技術の活用において貴重なインサイトを得ることができるでしょう。