今、100年に1度とも言われる大変革期を迎えている自動車業界では、特に「自動運転車」の実現に大きな期待が寄せられています。
本記事では、そんな自動運転技術の中核を担う「V2X」について、自動運転との関係や今後の課題に焦点を当てて詳しく解説していきます。
V2X(Vehicle to Everything)は、「自動車」と「あらゆるモノ」を繋げる無線通信技術の総称です。ITS(Intelligent Transport Systems)の主要な要素の1つとして近年特に注目されており、V2Xの発展は交通安全だけでなく、交通渋滞の解消、環境負荷の低減、快適な移動体験の提供など、多様な分野での活躍が期待されています。
2022年現在、車と接続する「モノ」として想定されているのは以下の4つです。
交通事故ゼロを実現する「V2X」ってどんな技術?基礎知識から最新の活用事例まで
自動運転と聞くと「自動車のセンサーによって障害物を避けながら自立的に走行する」という印象が強いと思います。確かにそれも重要ですが、自動運転車がより安全・快適に走行するためには、自車両に搭載されたセンサーに頼るだけではなく、信号のサイクル情報、死角の車両や歩行者の情報、道路の規制情報、他車両との協調、などの様々な情報を統合的に取得・分析・活用する必要があると考えられています。
つまり、V2Xを構成する4つの要素(V2V,V2I,V2P,V2N)の全てを活用しなければ、自動運転車の実用化は不可能だということです。
自動運転レベルの高度化(出典:総合科学技術・イノベーション会議SIP自動走行システム資料)
例えば、自動車大手のスバルとIT大手のソフトバンクは2020年8月、両社の共同研究により、これまで制御が難しいとされてきた「高速合流時の自動運転支援」に成功したことを発表しています。成功の要因には、車同士のコミュニケーション(V2V)だけでなく、衛星を利用した高精度位置情報の取得(V2N)、各車両の位置情報を基にしたクラウドでの衝突予測計算(V2N)などがあり、V2X技術の不可欠性が伺えます。
自動車の常識を覆すようなサービスを実現していくV2Xですが、もちろんこれから解決していかなければならない「課題」も存在します。今回は、中でも特に重大なトピックを4つ厳選して解説します。
V2Xとは「自動車」と「あらゆるモノ」を繋げる無線通信技術の総称です。つまり、V2Xを実現するための通信技術は1つではなく、中でも、世界的に標準化が進められている通信規格として「DSRC」と「C-V2X」の2つが有名です。
DSRCは20年以上前から開発が進められている通信規格なのに対し、C-V2Xは5Gなどの通信技術の向上と共に急成長してきた比較的新しい通信規格です。しかしながら、基本的な性能はC-V2Xの方が高いことが知られています。
DSRCとC-V2Xには互換性が無く、DSRC対応の車はC-V2Xを利用できませんし逆もまたしかりです。また、開発コストの増大が理由で「DSRCとC-V2Xの両方に対応する車」が開発されることもありません。国や企業によって採用する「通信規格」や「電波帯」がバラバラだとグローバルな車両の流通が難しくなるため、自動車業界では「通信規格の一本化」が喫緊の課題となっています。
DSRCとC-V2Xについては、以下の記事で詳しく解説しています。
<C-V2XとDSRCの違いと今後の展望、世界各国のV2Xの導入状況について>
V2Xの真価はV2X対応車両が十分に普及してこそ発揮されます。自車両だけがV2Xに対応していても、V2V(車車間通信)やV2P(歩車間通信)の恩恵を受けることはできないのです。
例えば、出会い頭注意喚起(V2V)や右折時注意喚起(V2V)などのサービスも、そもそも相手車両がV2Xに対応していなければ接近通知を受け取ることができず、事故防止には繋がりません。
右折時注意喚起(V2I)の場合は、道路に設置された路側装置(センサー)が直進車や歩行者の存在を検知して知らせるため、他車両がV2Xに対応している必要はありません。しかしその場合は、路側装置を設置してある交差点などのインフラが広く整備されていなければ、効果的な事故防止対策とはなり得ません。
事実として、トヨタのITS Connectに対応するインフラが導入されているのは、愛知・東京・神奈川くらいで、それもごく一部の地域に集中している状況です。既述の「通信規格の一本化」の議論を考慮すると、V2Xの恩恵を本当の意味で享受できるのはまだまだ先のことかもしれません。
V2Xを実現するにあたり、最も大きな課題の1つが「通信障害への対策」です。V2Xの通信規格の1つであるC-V2Xは、4G/LTEや5Gなどの携帯電話のネットワークを利用して通信を行う仕組みなので、4Gや5Gの通信障害はそのままコネクテッドカーの障害へと繋がります。
事実として、2022年7月2日に発生したKDDIのau携帯電話サービスの大規模通信障害では、最大で3589万人のユーザ端末がネットワークに接続できなくなっただけでなく、トヨタ、マツダ、スズキが販売するコネクテッドカーの一部機能が一切利用できなくなるという事態を招きました。
特に、緊急通報システムは事故発生時の警察消防への通報対応に直結する重要な機能であり、このような通信障害により使用不能となるのは大問題といえます。
既述の通り、V2Xは自動運転の実現に必要不可欠な技術でもあるため、自動車業界だけでなく、産官学一体となって通信障害という「重大な課題」に向き合う必要があるでしょう。
V2Xの登場により、それまで独立していた「車」が無線通信を用いて「あらゆるモノ」に接続されます。それは同時に「あらゆるモノのセキュリティリスクと繋がった」ともいえ、V2Xの実現には徹底したセキュリティ対策が欠かせません。
「V2Xは携帯電話のネットワークを利用するわけで、ネットワークは厳重に暗号化されているし大丈夫なはず」と考えている方もいるかもしれません。が、それは間違いです。なぜなら、通信経路やプロトコルが安全だとしてもそれを利用するソフトウェアなどに脆弱性があれば、電子制御が主流となりつつある現代の車はたちまちコントロールを失うからです。
事実として、世界各国のセキュリティ専門家がコネクテッドカーへのハッキングデモを成功させており、どれも重大な脆弱性を示しています。例えば、2015年にセキュリティ研究者のCharlie MillerとChris Valasekが行った実験では、車両のWiFi接続サービスの脆弱性を利用して遠隔地からハッキングを行い、アクセル・ハンドル・ブレーキ操作など車両全体の操作権を奪い取って見せました。
また、自動運転に欠かせない「カメラ」や「LiDAR」などのセンサーを、機械学習・AI処理の脆弱性を利用してAIの判断を騙すことで誤認知を引き起こさせた事例なども報告されています。
「100年に1度」とも言われる自動車業界の大変革を担う「V2X」技術には、交通安全だけでなく、環境・渋滞解消・快適な移動体験の実現など、多様な分野における多大な期待が寄せられています。一方で、通信規格の一本化、対応車両/インフラの整備、通信障害対策など重大な課題は山積しており、一朝一夕で実現するわけではありません。特に命を運ぶ自動車において、これまで全く意識されてこなかった「セキュリティ対策」という課題には、より慎重かつ迅速に取り組む必要があると言えるでしょう。
まだまだ発展途上のV2Xおよび自動運転技術の行く末に、今後も目が離せません。